【国際相続】相続人が外国人の場合はどうなる?税金・手続き・適用される法律を徹底解説

「夫が外国人」「子供が海外移住して外国籍になった」
家族のあり方が国際的になるにつれ、相続の悩みも国境を越える時代になりました。
いざ相続が発生すると、「日本の役所手続きだけでも大変なのに、海外の法律や書類なんて…」と途方に暮れていませんか?
実は、国際相続で最も躓きやすいのは、複雑な法律論よりも「銀行や法務局に出す書類の不備」です。
ここさえ押さえれば、過度に恐れる必要はありません。
この記事では、数多くの相続案件をサポートしてきたFPの視点で、教科書的な法律解説ではなく、「現場で使える手続きの知恵」と「税金で損をしないためのルール」を徹底解説します。
印鑑証明がない時の裏技や、翻訳のポイントまで。あなたの不安を「具体的な行動」に変えるための羅針盤としてお役立てください。
最初に確定すべきルール!どこの国の法律(準拠法)が使われる?
国際相続において、まず最初にぶつかる壁が「いったいどこの国の法律に従えばいいのか?」という問題です。これを法律用語で「準拠法(じゅんきょほう)」と呼びます。
結論から申し上げますと、日本の裁判所や行政機関で手続きをする場合、原則として「被相続人(亡くなった方)の本国法」が適用されます。
相続人(もらう側)の国籍や居住地は、適用される法律を決める上では第一優先ではありません。
なぜなら、日本には「法の適用に関する通則法」というルールがあり、その第36条で「相続は、被相続人の本国法による」と明確に定められているからです。
では、具体的なケースで見ていきましょう。
基本は「被相続人(亡くなった方)」の本国法がカギ
もし、亡くなったお父様が日本国籍であれば、たとえ相続人であるお子様がアメリカ国籍を取得していたとしても、適用される法律は「日本の民法」です。
つまり、日本の民法で定められた「法定相続分(配偶者1/2、子供1/2など)」や「遺留分(最低限もらえる権利)」がそのまま適用されます。
逆に、亡くなった夫がアメリカ国籍だった場合は、原則としてアメリカ(州法)の法律に従って誰が相続人になるかを決めることになります。まずは「亡くなった方のパスポート(国籍)」を確認することがスタートラインです。
【要注意】不動産相続は所在地の法律に従うケースがある
ただし、ここで一つだけ注意すべき重要な例外があります。それは「不動産」の扱いです。
アメリカやイギリスなどの英米法系の国では、「不動産の相続はその不動産がある国の法律に従う」というルール(相続統一主義ではなく、分割主義)を採用している場合があります。
例えば、日本国籍の方が亡くなり、アメリカにコンドミニアム(不動産)を持っていた場合を考えてみましょう。
- 日本の預貯金など: 日本の法律が適用
- アメリカの不動産: アメリカ(州法)の法律が適用
このように、財産の種類によって適用される法律がバラバラになるケース(相続の分断)が起こり得ます。これが国際相続を複雑にしている要因の一つです。
インターネットで検索すると「反致」という難しい言葉が出てきて混乱するかもしれません。「A国の法律を見に行ったら、A国の法律が『B国の法律を使え』と言い返してくる現象」のことですが、実務レベルでは「まずは亡くなった方の国籍を確認する」だけで十分です。
相続税の落とし穴!「住所」と「国籍」で納税義務が変わる
「海外に住んでいるから日本の相続税は関係ない」
「外国籍になったから税金はかからない」
そう思っていませんか? 実はこれ、大きな間違いです。
日本の相続税法は非常に網羅的で、条件によっては「世界中にあるすべての財産(海外の家や預金も含む)」に対して日本の税金がかかる場合があります。これを「無制限納税義務」と言います。
判定のポイントは、亡くなった方(被相続人)と、財産をもらう方(相続人)の「住所」と「国籍」、そして「過去の居住期間」です。
無制限納税義務と制限納税義務の境界線
まず、ご自身が以下のどちらに当てはまるかを確認しましょう。
- 無制限納税義務者(全世界課税): 日本国内の財産だけでなく、海外にある財産も含めてすべて課税対象。
- 制限納税義務者(国内資産のみ課税): 日本国内にある財産だけが課税対象。
最も注意が必要なのは、「相続人が外国籍」で「海外在住」であっても、亡くなった方が日本に住んでいた場合(一時居住者を除く)は、海外財産も含めて課税されるという点です。
過去10年以内に日本に住所があったか?(10年ルールの壁)
近年の税制改正で特に厳しくなったのが、いわゆる「10年ルール」です。
もし、亡くなった方と相続人の両方が海外に住んでいたとしても、「過去10年以内」にどちらか一方でも日本に住所があった場合、原則として海外資産も含めた全財産に日本の相続税がかかります。
また、相続人が外国籍であっても、日本に住んでいれば当然課税対象になります。ただし、就労ビザなどで一時的に日本に滞在している外国人(一時居住者)が相続する場合は、海外財産が課税対象外になる緩和措置もありますが、条件は非常に限定的です。
「10年前まで遡って判断される」という厳しさをまずは理解しておきましょう。
二重課税を防ぐ「外国税額控除」
では、海外にある財産に対して、現地の相続税と日本の相続税の両方がかかってしまった場合はどうなるのでしょうか?
安心してください。二重取りを防ぐために「外国税額控除」という仕組みがあります。
- 計算の考え方: 日本で計算した相続税額から、外国で支払った相当額を差し引くことができます。
ただし、無条件に全額引けるわけではなく、「日本の相続税額のうち、海外資産に対応する割合」が上限となります。この計算は非常に専門的ですので、必ず税理士によるシミュレーションが必要です。
海外資産(ドル建て預金や不動産など)を日本円に換算して申告する際、いつの為替レートを使うかご存知ですか?
正解は、「亡くなった日(相続開始日)のTTB(対顧客電信買相場)」です。
TTS(売相場)や仲値(TTM)ではありません。円安の時期に相続が発生すると、評価額が跳ね上がって税金が高くなることがあるので注意が必要です。
金融機関から発行される残高証明書をもらう際は、「相続発生日のTTBレート」を確認しておきましょう。
実務の壁を突破する!「印鑑証明・戸籍」がない時の対処法
いざ遺産分割協議書を作ろうとした時、日本国内の相続であれば「実印」を押し、「印鑑証明書」を添付すれば完了です。
しかし、海外在住者や外国籍の方には、そもそも「住民票」や「印鑑登録」が存在しないケースがほとんどです。
「ハンコがないのに、どうやって本人の同意を証明するの?」
ここで必要になるのが、国際相続特有の代替書類です。
印鑑証明の代わりになる「サイン証明(署名証明)」の取得方法
結論から言うと、印鑑証明書の代わりとして「サイン証明(署名証明)」を使用します。
日本ではハンコが本人の意思確認の手段ですが、海外では「サイン(署名)」がその役割を果たします。
しかし、ただ紙にサインしただけでは、それが本人のものか分かりません。そこで、「このサインは間違いなく本人のものです」と公的な機関にお墨付きをもらうのがサイン証明です。
- 日本国籍の方(海外在住): 居住地の日本領事館・大使館で発行してもらいます。
- 外国籍の方(外国人): その国の公証人(ノタリーパブリック)の認証を受けます。
サイン証明には、遺産分割協議書そのものを持ち込んで、領事の面前でサインをして合綴(がってつ)してもらう形式(貼付型)が最も信頼性が高く、日本の金融機関でもスムーズに受理されます。
事前に何も書かずに持参する必要があるため、段取りには注意してください。
戸籍がない外国人のための「宣誓供述書」とは?
次に問題になるのが「戸籍謄本」です。日本の相続手続きでは、亡くなった方と相続人の関係(親子、夫婦など)を証明するために戸籍謄本が必須です。
しかし、外国籍の方には日本の戸籍がありません(除籍されている、または元々ない)。
出生証明書や婚姻証明書で代用できる場合もありますが、それだけでは「他に相続人がいないこと」などを証明しきれないケースが多々あります。
そこで登場するのが「宣誓供述書(アフィダビット)」です。
これは、「私(相続人)は、亡くなった〇〇の子供であり、他に相続人はいません」といった内容を記載した文書を作成し、現地の公証人の前で「この内容は真実です」と宣誓し、認証を受けるものです。
日本の法務局での不動産登記では、この宣誓供述書が戸籍謄本の代わりとして機能します。
海外発行の書類には「日本語訳」が必須!誰が翻訳してもいいの?
サイン証明、出生証明書、宣誓供述書……。これら海外で取得した書類を日本の税務署や法務局、銀行に提出する場合、必ず「日本語訳(訳文)」を添付しなければなりません。
英語のままで受け取ってくれる日本の役所はまず存在しないと考えてください。
ここでよくある悩みが「プロの翻訳家に頼まないといけないの?」という点です。
意外と知られていませんが、相続手続きにおける翻訳文は、相続人ご本人やご家族が作成しても問題ありません。
翻訳会社に依頼すると数万円かかることもありますが、英語が得意なご親族がいれば節約可能です。
必須ルール:
翻訳文の最後に、「翻訳日」と「翻訳者の住所・氏名」を記載し、翻訳者の印鑑を押すこと。
これさえあれば、誰が訳しても公的な書類として受理されるケースがほとんどです。(※ただし、裁判での証拠書類など極めて厳密性が求められる場合はプロへの依頼を推奨します)
国際相続トラブルを未然に防ぐ「生前対策」
国際相続で最も恐ろしいこと。それは税金が高いことではなく、「預金が凍結されたまま、何年も引き出せなくなること」です。
特にアメリカ、イギリス、シンガポールなどの英米法系の国には、「プロベート(検認裁判)」という制度があります。これは、裁判所が遺言書の有効性を確認し、精算手続きが完了するまで遺産を一切動かせなくする手続きです。
これに巻き込まれると、弁護士費用だけで数百万円、期間も1年~3年以上かかることがザラにあります。
これを回避し、スムーズに資産を引き継ぐための最大の防御策が「遺言書」です。
海外資産があるなら「遺言書」は必須
日本国内だけであれば、遺産分割協議でなんとかなるケースも多いですが、海外資産がある場合は話が別です。現地の銀行は「誰に払っていいか分からない」状態を極端に嫌います。
ここで注意したいのが、日本の「自筆証書遺言(自分で手書きする遺言)」のリスクです。
日本の自筆証書遺言は、海外では「形式不備」として無効になったり、家庭裁判所の検認手続きが必要であることを現地機関に理解させるのに膨大な時間がかかったりします。
納税資金の確保と海外送金のハードル
もう一つの盲点が「納税資金」です。
日本の相続税は、原則として「現金一括納付」であり、期限は「10ヶ月以内」です。
「海外の預金を解約して税金を払えばいい」と考えがちですが、前述のプロベートや書類不備で海外口座の凍結解除に手間取ると、納税期限に間に合わなくなるリスクがあります。
また、海外から多額の資金を日本に送金する場合、マネーロンダリング対策で銀行の審査が厳しくなっており、着金までに想定以上の日数がかかることもあります。
「日本国内にある程度の現金をプールしておく」ことが、実は一番の安心材料になります。
国際相続でも、日本の生命保険(死亡保険金)の活用は非常に有効です。
- すぐに現金化できる: 遺産分割協議や海外の手続きを待たずに、受取人が単独で請求して数日で現金を受け取れます。これが納税資金や当面の生活費になります。
- 非課税枠が使える: 「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠は、受取人や被相続人の居住地に関わらず、日本の相続税が課税されるケースであれば適用可能です。
資産の一部を生命保険に移しておくだけで、「現金の確保」と「節税」を同時に叶えることができます。
よくある質問とその回答(FAQ)
Q1. 日本国籍を離脱した子供(元日本人)の相続税は安くなりますか?
国籍を抜けば日本の税金から逃れられると思われがちですが、多くのケースで課税対象になります。たとえ子供が外国籍であっても、被相続人(亡くなった方)が日本に住んでいた場合は、海外資産を含む全財産に課税されます。また、両者が海外に住んでいても、子供が過去10年以内に日本国籍を持っていた期間があれば、やはり全世界課税の対象となります。国籍離脱だけでは節税対策にならない点にご注意ください。
Q2. 海外在住の相続人がいる場合、遺産分割協議書は郵送で回してもいいですか?
はい、問題ありません。全員が一堂に会して一枚の紙に署名する必要はなく、同じ内容の協議書を人数分用意し、それぞれが署名(または実印押印)をして郵送で集める「持ち回り方式」が一般的です。ただし、海外在住者がサイン証明を添付する場合は、領事の面前で署名して合綴されたものが原本となるため、その原本を日本に郵送して、他の相続人が合意した証明書とセットにして法務局等に提出します。
Q3. 海外の不動産を相続しました。日本の相続税申告は必要ですか?
相続人であるあなたが「無制限納税義務者(日本在住など)」に該当する場合、あるいは被相続人が日本に住んでいた場合は、海外にある不動産も日本の相続税の計算に含めなければなりません。その際の評価額は、原則として現地の市場価格(時価)を相続発生日の為替レートで日本円に換算します。国によっては日本よりも不動産評価が高額になるケースもあるため、現地の鑑定評価書が必要になることもあります。
Q4. 英語の書類(死亡診断書など)の翻訳版を作る際の注意点は?
最も重要なのは「省略せずにすべて訳す」ことです。本文だけでなく、書類のヘッダーやフッターにあるロゴ、発行機関の住所、担当者の肩書き、さらには押されているスタンプの中身まで、可能な限り忠実に日本語に置き換えてください。レイアウトも原本に似せて作成すると、審査官が照らし合わせやすくなり、手続きがスムーズに進みます。「概要だけでいいだろう」と省略すると、再提出を求められる原因になります。
Q5. 相続放棄の手続きは、海外の日本領事館でできますか?
相続放棄の申述書自体は、日本の家庭裁判所に提出する必要がありますが、その添付書類となる「署名証明(サイン証明)」や「在留証明」は、海外にある日本大使館や総領事館で取得可能です。また、相続放棄申述書への署名を領事の面前で行い、その証明を受ける手続きも可能です。ただし、放棄の期限は「相続開始を知ってから3ヶ月以内」と厳格ですので、郵送にかかる日数も考慮して早急に動く必要があります。
まとめ:国境を越える相続こそ、段取り8割で進めよう
適用される法律は「亡くなった人の国籍」が基本
国際相続で迷ったら、まずは亡くなった方のパスポート(本国法)を確認しましょう。日本国籍であれば、相手が外国人でも日本の民法が適用されます。ただし、海外不動産については現地の法律が優先されるケースがあるため、国ごとに確認が必要です。
「どこに住んでいるか」で相続税の範囲が激変する
日本の相続税は、亡くなった方と受け取る方の「住所」と「過去10年の居住歴」で、課税範囲が「国内財産のみ」か「全世界財産」かに分かれます。親が日本に住んでいる限り、海外に住む子供も日本の高い税率からは逃れられないと認識しておきましょう。
印鑑の壁は「サイン証明」と「宣誓供述書」で越える
印鑑証明や戸籍がない外国人や海外在住者でも、代替書類を用意すれば手続きは可能です。サイン証明は領事館や公証人で取得し、戸籍の代わりには宣誓供述書を活用します。これらは「事前の予約」や「対面での署名」が必要なため、帰国スケジュール等の調整が必須です。
翻訳はプロ頼みでなく「家族の協力」でもOK
海外の書類を日本の役所に提出する際の日本語訳は、必ずしも翻訳会社に依頼する必要はありません。英語が得意なご家族が作成し、翻訳者の住所・氏名・捺印があれば受理されます。コストを抑えられる部分は賢く節約し、浮いた費用を税理士などの専門家報酬に回しましょう。
海外資産凍結を防ぐには「遺言」と「保険」
プロベート(検認裁判)による資産凍結リスクを回避するには、公正証書遺言や国際遺言の作成が最強の防衛策です。また、すぐに現金化できる生命保険を活用することで、納税資金の確保や当面の生活費をカバーできます。元気なうちの準備こそが、家族への最大のギフトです。