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相続時精算課税制度は使うべき?新設110万円控除のメリットと「小規模宅地」等の致命的な落とし穴

相続時精算課税制度は使うべき?新設110万円控除のメリットと「小規模宅地」等の致命的な落とし穴

「2024年から相続時精算課税制度が改正され、使いやすくなったらしい。うちも切り替えるべき?」

そうお考えの方、少しだけ立ち止まってください。

確かに今回の改正で、年間110万円の基礎控除が新設されたことは画期的です。

しかし、FPとして数多くの相続案件を見てきた私からすると、この制度は「使いこなせれば最強の節税ツール、間違えば致命的な足かせ」になる諸刃の剣です。

特に注意が必要なのは、将来の実家の相続に関わる「小規模宅地等の特例」との兼ね合いです。

ここを見落として安易に制度を選択し、将来の相続税が数百万円も跳ね上がってしまうケースが懸念されます。

本記事では、改正内容のメリットはもちろん、多くのメディアがあまり深く触れない「具体的なリスク」と「損益分岐点」について徹底解説します。

あなたのご家族にとって、本当にこの制度が正解なのか。読み終える頃には、自信を持って判断できるようになるでしょう。

目次

2024年改正「相続時精算課税制度」の仕組み

まずは、制度の全体像と2024年の改正で何が劇的に変わったのかを正しく理解しましょう。ここを曖昧にしたまま進むと、後述するメリット・デメリットの判断ができなくなります。

そもそもどんな制度?「暦年贈与」との違い

相続時精算課税制度とは、簡単に言えば「贈与税を後回しにして、相続の時にまとめて精算する制度」です。

通常、贈与税は相続税よりも税率が高く設定されていますが、この制度を使うと、生前に財産を渡しても累計2,500万円までは贈与税がかかりません。

その代わり、贈与した人が亡くなった時(相続時)に、その贈与した財産を「相続財産」に足し戻して、相続税として計算し直します。

国としては「高齢者が持っている資産を、早く現役世代(子や孫)に移転させて経済を回したい」という狙いがあります。

そのため、「贈与税はとりあえず免除するから、安心して早く渡しなさい。税金は最後(相続時)に計算しましょう」という仕組みになっているのです。

【比較表:暦年贈与 vs 相続時精算課税】

従来の一般的な贈与(暦年贈与)と何が違うのか、比較表で整理しました。

スクロールできます
項目暦年課税(従来の贈与)相続時精算課税制度(改正後)
年間の基礎控除年110万円年110万円(2024年新設!)
特別控除枠なし累計2,500万円まで非課税
税率超過分に累進課税(最大55%)2,500万円超過分は一律20%
相続時の持ち戻し死亡前3年(7年に延長)以内の贈与分全額持ち戻し(※新設控除分は除く
対象者誰でもOK60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫へ
申告手続き110万円超なら必要初年度必須。2年目以降は110万円以下なら不要

ここが激変!新設された「年110万円の基礎控除」とは

2024年の改正で最大のポイントは、相続時精算課税制度にも「年110万円の基礎控除」が別途設けられたことです。これは革命的な変更です。

これまでの相続時精算課税制度は、「少額の贈与であっても、すべて記録して相続時に足し戻す」というルールでした。

つまり、たとえ毎年10万円のお小遣いを渡しても、それをいちいち申告し、将来の相続税計算に加えなければならなかったのです。これが「使い勝手が悪い」「面倒くさい」と言われる最大の原因でした。

しかし、2024年1月1日以降の贈与からは、この制度を選択していても、年間110万円までの贈与であれば、相続財産への足し戻しが不要になりました。

つまり、「2,500万円の非課税枠(大きな贈与用)」と「年110万円の基礎控除(コツコツ贈与用)」の“いいとこ取り”が可能になったのです。

【朗報】少額なら申告不要に?実務上の手間が大幅に軽減

この改正により、実務的なハードルも大きく下がりました。2年目以降、年間の贈与額が110万円以下であれば、税務署への申告自体が不要になります。

ただし、ここだけは覚えておいてください。

「制度を利用する最初の年」だけは、たとえ贈与額が110万円以下であっても、必ず税務署への届出が必要です。

この「相続時精算課税選択届出書」を出さないと、この有利な制度は適用されません。

(※詳しい手続き方法は後半の章で解説します)

数字で見るメリット:この制度を使うべき「勝ちパターン」

仕組みを理解したところで、次は「具体的にどれくらいお得なのか」を見ていきましょう。

FPの視点から言えば、相続時精算課税制度は「資産の種類」と「時間の使い方」次第で、数百万円単位の節税効果を生む強力なツールになります。ここでは代表的な3つの「勝ちパターン」をご紹介します。

メリット1:2,500万円+年110万円まで非課税!早期の資産移転効果

最大のメリットは、「まとまった資産(最大2,500万円)」を一気に渡しつつ、その後も「コツコツ贈与(年110万円)」を非課税で続けられる点です。

これまでの暦年贈与では、大きなお金(例えば住宅購入資金や結婚資金など500万円〜1,000万円)を渡そうとすると、高い税率の贈与税がかかっていました。

しかし、この制度を使えば、2,500万円までは贈与税がかかりません(※将来、相続税として精算)。

さらに改正によって「年110万円の基礎控除」が追加されたため、以下のような組み合わせが可能になりました。

  1. 今年: 2,000万円の収益マンションを子へ贈与(精算課税枠利用・贈与税0円)
  2. 来年以降: 毎年110万円の現金を子へ贈与(基礎控除利用・申告不要・相続時持ち戻しなし)

このように、「大きな資産の移転」と「毎年の非課税贈与」を両立できるのが、現在の制度の強みです。

メリット2:【重要】値上がり益が非課税に!将来価値が上がる資産に強い

この制度を使うべき一番の理由はここにあります。

相続時精算課税制度で贈与した財産は、将来相続税を計算する際、「贈与した時点の価額」で評価されます。つまり、贈与後に値上がりした分の利益には、相続税がかかりません。

例えば、現在価値が1,000万円の株式や土地を、この制度を使って子に贈与したとします。

親が亡くなった時(相続時)、その財産が値上がりして5,000万円になっていたとしても、相続税の計算対象となるのは「贈与時の1,000万円」のままです。

  • 贈与時の評価額: 1,000万円(ここで価額をロック!)
  • 相続時の時価: 5,000万円
  • 差額の4,000万円: まるまる相続税の課税対象外!

将来確実に値上がりが見込める資産(再開発予定地の不動産や、成長株など)をお持ちの方にとって、これは最強の節税策となります。

メリット3:収益物件の贈与で「家賃収入」も次世代へ移せる

賃貸アパートや駐車場などの「収益物件」をお持ちの場合、この制度を使って早めに子へ名義を変えることで、「本来なら親の財産として貯まっていくはずだった家賃収入」を、子の財産にすることができます。

不動産そのもの(元本)を贈与してしまえば、そこから生まれる家賃(果実)は、当然新しい所有者である「子」のものになります。

もし親が持ち続けていれば、毎月の家賃収入で親の現金資産がどんどん増え、結果として将来の相続税額も膨れ上がってしまいます。

収益物件を早めに贈与することは、以下の2重の節税効果を生みます。

  1. 親の相続財産の増加を止める(家賃が親に入らないため)
  2. 子の納税資金作りになる(家賃収入を将来の相続税支払いに充てられる)

相続対策において、これほど理にかなった手はありません。

【最重要】安易な選択は危険!数百万損する「3つの落とし穴」

ここまでメリットをお伝えしましたが、ここからは「絶対に知っておくべきリスク」の話をします。

相続時精算課税制度は、一度選択すると後戻りができません。

特に不動産の贈与を検討している方は、以下の「落とし穴」にはまらないか、慎重に確認してください。

警告1:自宅の土地を贈与してはいけない?「小規模宅地等の特例」との相性最悪問題

将来、親と同居する予定がある、あるいは現在同居している場合、「実家の土地」を相続時精算課税制度で生前贈与するのは、絶対に避けるべきです。

なぜなら、相続税を劇的に安くできる切り札「小規模宅地等の特例」が使えなくなるからです

「小規模宅地等の特例」とは、亡くなった人(被相続人)が住んでいた土地を、配偶者や同居親族が相続する場合、土地の評価額を80%OFFにしてくれる制度です。

例えば、評価額5,000万円の土地なら、80%引きの「1,000万円」として相続税を計算できるため、税負担が数百万円単位で変わります。

しかし、この特例を使うための条件は、「亡くなった時点で、その土地を亡くなった人が所有していること」が原則です。

もし、相続時精算課税制度を使って生前に子へ土地を贈与してしまうと、名義はすでに「子」になっています。そのため、相続発生時には「親の土地」ではないため、この特例が使えません。

結果、5,000万円の土地は5,000万円のまま課税され、大増税になってしまいます。これが最大の落とし穴です。

警告2:一度選択したら「暦年贈与」へは二度と戻れない(取消不可の縛り)

相続時精算課税制度は「片道切符」です。一度でもこの制度を選択する(届出書を出す)と、同じ贈与者(例えば父)からの贈与に関しては、二度と従来の「暦年贈与(年110万円控除の通常版)」には戻れません。

「今年は大きな財産を渡すから精算課税で。来年はやっぱり暦年贈与に戻そう」といった都合の良い使い分けは認められていません。

改正により精算課税制度の中にも「年110万円の控除」ができましたが、従来の暦年贈与とは性質が異なります。

もし将来、法律が変わって暦年贈与がもっと有利になったとしても、あるいは家族の状況が変わって「やっぱり暦年贈与の方が管理しやすかった」と思っても、変更は不可能です。この「取消不可」の重みは理解しておく必要があります。

警告3:災害以外で価値が下がっても「贈与時の時価」で課税される

メリットの裏返しですが、贈与した財産の価値が将来下がってしまった場合、税金面で損をすることになります。

先ほど「値上がり益には課税されない(=贈与時の価額で固定)」とお伝えしましたが、これは逆も然りです。

例えば、贈与時に1,000万円だった株が、親が亡くなった時に暴落して200万円になっていたとします。それでも、相続税の計算には「1,000万円の財産」として計上されます。

実際の価値は200万円しかないのに、1,000万円分の税金を払わなければならないのです。これを防ぐため、価格変動が激しく、かつ下落リスクが高い資産での利用は慎重になるべきです。

※なお、2024年の改正で、「災害」によって被害を受けた場合に限り、評価額を再計算できる救済措置が設けられましたが、単なる「市場価格の下落(デフレや不景気)」は救済対象外です。

【Yes/Noチャート】あなたはどっち?制度利用の判断チェックリスト

ここまで読んで「自分はどちらを選ぶべきか」迷っている方も多いでしょう。

相続対策に正解は一つではありませんが、FPとして推奨する「明確な判断基準」があります。以下のチェックリストと照らし合わせて、ご自身の状況を確認してみてください。

相続時精算課税制度を「選ぶべき人」

以下の条件に2つ以上当てはまる場合は、この制度への切り替えを前向きに検討してください。

  1. 将来、確実に値上がりする財産(自社株や開発予定地の不動産)がある
    • 「メリット2」で解説した通り、評価額を今の低い水準でロックできるため、最大の節税効果が見込めます。
  2. 収益物件(アパート・駐車場)を持っている
    • 家賃収入を子へ移転し、親の財産増加を防ぎつつ、子の納税資金を作れます。
  3. 親が高齢(例えば80代以上)で、相続までの時間が短い
    • 暦年贈与(年110万円)でコツコツ資産を移す時間が足りません。2,500万円枠を使って一気に資産を移転させる方が効果的です。
  4. 贈与する財産が、将来「小規模宅地等の特例」を使う予定のない土地である
    • 同居していない、または既に子が持ち家を持っているなど、特例適用の要件から外れている場合は、デメリットを気にせず活用できます。

暦年贈与(従来の年110万円)を「続けるべき人」

逆に、以下の場合は無理に制度を変えず、従来のやり方を続ける方が安全、あるいは有利です。

  1. 将来、実家を継ぐ(同居する)予定がある
    • 「警告1」の通り、小規模宅地等の特例(土地評価80%減)を使いたいなら、絶対に手を出してはいけません。
  2. 相続財産の総額が「基礎控除(3,000万円+600万円×相続人)」以下である
    • そもそも相続税がかからないご家庭なら、面倒な届出をして精算課税制度を使う必要はありません。必要な時に必要な分だけ援助すればOKです。
  3. 親が若く(60代〜70代前半)、時間をかけて現金を移せる
    • 長い時間をかけられるなら、従来の暦年贈与の方が、結果的に2,500万円以上の資産を無税で移転できる可能性があります。

判断に迷った時の「試算」のポイント

「うちは境界線上にいる気がする……」という方は、一度「相続税の試算」をしてみることを強くお勧めします。

特に不動産が含まれる場合、評価額の計算は複雑です。「小規模宅地等の特例」による減額効果が数千万円規模になるのか、それとも精算課税で値上がり益を抑える方が得なのか、これは電卓だけで判断できるものではありません。

迷ったら専門家のシミュレーションを受けるのが、最も確実な「節約」になります。

【完全マニュアル】手続きの流れと「初年度」の絶対ルール

最後に、実際にこの制度を利用するための手続きについて解説します。

ここで最もお伝えしたいのは、「最初の1回をミスすると全てが無駄になる」という怖さと、その回避方法です。

これを忘れたら無効!「相続時精算課税選択届出書」の提出

この制度を利用するためには、単に贈与をするだけでは不十分です。

「相続時精算課税選択届出書」という書類を、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、税務署へ提出しなければなりません。

【絶対に注意すべき「初年度」の罠】

2024年の改正で「年110万円以下なら申告不要」となりましたが、これは「制度適用後の2年目以降」の話です。

初めてこの制度を使う年は、たとえ贈与額が110万円以下(例えば50万円)であっても、必ずこの届出書を提出する必要があります。

もし出し忘れると、その贈与は「従来の暦年贈与」として扱われます。「なんだ、それでもいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、もしその年に2,500万円の贈与をしていた場合、届出漏れによって巨額の贈与税(暦年課税の累進税率)がいきなり請求されることになります。これは破産しかねないミスですので、期限管理は徹底してください。

2年目以降の管理と、税理士に依頼すべきライン

無事に初年度の届出が済めば、2年目以降は以下のルールで運用されます。

  • 年110万円以下の贈与: 申告不要・記録の保存のみでOK。
  • 年110万円超の贈与: 申告必要。ただし2,500万円の枠内なら税金はかからない。

【どこからプロに頼む?】

現金だけの贈与なら、ご自身で申告書を作ることも十分可能です。国税庁のサイトも使いやすくなっています。

しかし、「不動産」や「自社株」を贈与する場合は、評価額の算定が非常に難しく、間違えると追徴課税のリスクが高まります。現金以外の資産を動かす時は、必ず税理士のチェックを受けるようにしてください。

よくある質問とその回答

Q1. 孫に対しても相続時精算課税制度は使えますか?

はい、利用可能です。贈与者が60歳以上の祖父母であれば、18歳以上の孫への贈与にもこの制度を適用できます。これは「一世代飛ばし」で資産を移転できる有効な手段となり得ます。ただし、孫は本来の相続人ではないため、相続税の計算時に税額が2割加算される「2割加算」の対象になる点や、遺留分の計算など、別途考慮すべき法的論点があるため注意が必要です。

Q2. 基礎控除の110万円は、使い残したら翌年に持ち越せますか?

いいえ、持ち越しはできません。年間110万円の基礎控除枠は、その年(1月1日〜12月31日)限りのものです。今年50万円しか贈与しなかったとしても、残りの60万円分を翌年に繰り越して「来年は170万円まで非課税」とすることは不可能です。あくまで「毎年リセットされる枠」として、計画的に活用していく必要があります。

Q3. 父からは精算課税、母からは暦年贈与と使い分けられますか?

はい、可能です。この制度は「贈与者(あげる人)」ごとに選択できます。例えば「父からの贈与は相続時精算課税制度を選択して大きな資産をもらう」「母からの贈与は従来の暦年贈与のままで毎年現金を110万円以内でもらう」といった併用は認められています。それぞれの資産状況に合わせて最適な組み合わせを検討してください。

Q4. 途中で制度をやめて、暦年贈与に戻すことはできますか?

いいえ、一度選択すると二度と戻れません。本文でも触れましたが、一度「相続時精算課税選択届出書」を提出すると、その贈与者からの贈与については、生涯にわたってこの制度が適用され続けます。たとえ少額の贈与であっても暦年課税には戻らないため、将来の法改正や資産状況の変化も想定した上で、慎重に決断する必要があります。

Q5. 2023年以前にすでにこの制度を選択していましたが、新設の110万円控除は使えますか?

はい、自動的に適用されます。2023年12月31日以前にすでに相続時精算課税制度を選択していた方も、改めて手続きをする必要はありません。2024年1月1日以降の贈与から、自動的に年間110万円の基礎控除が適用されます。これにより、以前から利用していた方も、少額贈与についての申告義務がなくなり、利便性が向上しています。

まとめ

まとめ

新設110万円控除の威力

2024年より年110万円の基礎控除が新設。累積2,500万円の特別控除と併用でき、少額贈与なら申告不要、相続時の持ち戻しも免除される「いいとこ取り」が可能になった。

まとめ

値上がり益を非課税にする

贈与時の価額で評価が固定されるため、将来値上がりが確実な株式や不動産を贈与すれば、値上がり益に対する相続税を実質ゼロにできる最強の節税効果がある。

まとめ

小規模宅地等の特例に注意

実家の土地をこの制度で贈与すると、相続税評価額を80%減額できる「小規模宅地等の特例」が使えなくなる。同居予定がある場合は数百万単位で損をするため利用厳禁。

まとめ

一度選ぶと後戻りできない

一度届出書を提出すると、二度と暦年贈与には戻れない「片道切符」である。将来の法改正リスクや家族構成の変化も考慮し、安易な選択は避けるべきである。

まとめ

初年度の手続きは絶対厳守

「年110万円以下なら申告不要」は2年目以降の話。制度を利用する最初の年は、少額であっても必ず期限内(翌年3月15日まで)に届出書の提出が必要となる。

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