【基礎の基礎】遺言書の種類と効力→どれを選ぶべき?徹底比較


「遺言書かぁ…なんとなく大事なのはわかるけど、ウチはそんなに財産もないし、家族仲も悪くないから大丈夫かな?」



「でも、もし万が一、自分が亡くなった後で家族が揉めたら…と思うと、ちょっと不安かも」
いま、こんな風に思っていませんか?
そのお気持ち、すごくよくわかります。相続の準備って、どうしても「面倒くさい」「まだ先のこと」と後回しにしがちですよね。
でも、相続の現場を数多く見てきた専門家としてお伝えしたいのは、「ウチは大丈夫」と思っているご家庭ほど、実は注意が必要だということです。相続トラブルは、財産の多い少ないでは決まりません。
「ちゃんとした遺言書を書いておけば、こんなことにはならなかったのに…」
そんな後悔をしないためにも、遺言書の「基礎の基礎」をしっかり押さえておくことが大切です。
この記事では、相続に詳しいファイシャルプランナーが、
- 遺言書の種類(自筆証書・公正証書)は何が違うのか?
- 法的な「効力」に差はあるのか?
- 結局、あなたのご家庭は「どれを選ぶべき」なのか?
という疑問に、どこよりも分かりやすく、徹底的に比較しながらお答えします。
「難そう」というイメージを捨てて、あなたと、あなたの大切なご家族にピッタリな「安心の形」を一緒に見つけていきましょう。
そもそも遺言書って、本当に必要?「ウチは大丈夫」が危ない理由
「遺言書の種類を比べる前に、そもそも本当に必要なの?」
そう思われる方も多いでしょう。
結論から言えば、「家族に少しでも負担をかけたくない」と願うすべての人に、遺言書は必要です。
なぜなら、遺言書がない場合、法律で定められた相続人全員で「遺産の分け方」を話し合う「遺産分割協議(いさんぶんかつきょうぎ)」が必須になるからです。
そして、この”家族会議”こそが、相続トラブルの最大の火種になり得ます。
遺言書がないとどうなる?「遺産分割協議」という名の”家族会議”の現実
遺産分割協議と聞くと、なんだか難しそうですが、要は「誰が、どの財産を、どれだけもらうか」を、相続人全員で決める話し合いのことです。
この協議、一筋縄ではいきません。
なぜなら、相続人全員が「実印」を押して合意しなければ、1円たりとも故人の預金をおろしたり、不動産の名義を変えたりできないからです。
一人でも「納得できない」「ハンコは押さない」という人がいれば、そこでストップ。
話し合いがこじれれば、家庭裁判所での「調停」や「審判」に進み、時間も費用も、そして家族間の感情もすり減っていくことになります。
【FP実録】相続トラブルは「財産の多い・少ない」が原因じゃない!
「でも、ウチはそんなに財産がないから大丈夫」
これは、私たちが相続のご相談で本当によく聞く言葉です。
しかし、裁判所の統計(令和4年度 司法統計)を見ても、遺産分割で揉めている事件のうち、約76%(4分の3以上)は遺産総額5,000万円以下のご家庭です。さらに、1,000万円以下(相続税がかからないレベル)のご家庭だけでも約33%を占めます。
私が実際に目の当たりにしたケースでも、財産は「長年住んだ自宅(評価額800万円)」と「わずかな預貯金」だけだったご兄弟が、「兄貴は生前、親から援助してもらっていた」「いや、姉さんこそ…」と昔の話を持ち出し、結局、実家を売却せざるを得なくなった事例があります。
財産が少ないからこそ、「1円でも多く欲しい」ではなく、「公平に分けたい(でも分けられない)」というジレンマで揉めてしまうのです。
遺言書の最大の目的:残された家族への「最後のラブレター(思いやり)」です
遺言書は、単に財産の分け方を指示する法律的な書類ではありません。
それは、あなたが大切にしてきた家族への「最後のラブレター」であり、最高の「思いやり」です。
- 「妻には、住み慣れたこの家で安心して暮らし続けてほしい」
- 「長男には事業資金を、次男には学費を援助したから、この預金は長女に多く残したい」
- 「いつもそばにいてくれた〇〇さんに、感謝の気持ちを伝えたい」
遺言書があれば、面倒な遺産分割協議を(原則として)スキップできます。
あなたの「想い」を明確に残すことで、家族が「どう分ければいいんだろう…」と悩む負担や、お互いを疑心暗鬼に見てしまうストレスから守ってあげることができるのです。
遺言書は主に3種類!それぞれの特徴をざっくり比較
「遺言書が必要なのはわかった。じゃあ、具体的にどんな種類があるの?」
ご安心ください。難しい法律の話は抜きにして、ポイントだけを押さえましょう。
法律で認められている遺言書にはいくつか形式がありますが、一般的に使われるのは実質「2種類」です。
- 自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん): 自分で書く、一番手軽な方式
- 公正証書遺言(こうせいしょうしょゆいごん): 公証役場で公証人に作ってもらう、一番確実な方式
これに、あまり使われない「秘密証書遺言」を加えた3種類が基本となります。
まずは、この3つがどう違うのか、メリット・デメリットを一目でわかる比較表で見てみましょう。
一目でわかる!遺言書3種(自筆・公正・秘密)メリット・デメリット比較表
【遺言書 3種 徹底比較】
| 比較ポイント | ① 自筆証書遺言 | ② 公正証書遺言 | ③ 秘密証書遺言 |
| 作り方 | 自分で全文・日付・氏名を手書きし、押印する | 公証人が作成し、証人2名が立ち会う | 自分で作成・署名押印し、公証役場で「存在」だけ証明 |
| 費用(目安) | 0円 (※法務局保管制度を使う場合は3,900円) | 5万円~ (財産額や内容による。公証人手数料) | 11,000円(公証人手数料) |
| 無効リスク | 高い (日付漏れ、押印漏れ、PC作成など) | ほぼゼロ (法律のプロ=公証人が作成) | 高い (内容の不備はチェックされない) |
| 紛失・改ざん | リスクあり (※保管制度を使えば回避可) | リスクなし (原本を公証役場で保管) | リスクあり (自分で保管) |
| 死後の手続き | 【検認】が必要 (家庭裁判所での手続き) | 【検認】が不要 (手続きが一番スムーズ) | 【検認】が必要 |
| 内容の秘密 | 守れる (※保管制度利用時は閲覧通知あり) | 守れない (証人2名に内容が知られる) | 守れる (公証人・証人にも秘密) |
(※「検認(けんにん)」とは?:遺言書が法的に有効か、偽造されていないかなどを家庭裁判所が確認する手続き。相続人全員に通知され、手間と時間がかかります。詳しくは次の章で解説しますね。)
この表を見て、何かお気づきでしょうか?
そうです。「③秘密証書遺言」は、費用がかかる上に「検認」も必要で、さらに内容の不備で「無効」になるリスクも高いという、非常に使い勝手の悪い(デメリットだらけの)方式なのです。
補足:秘密証書遺言はなぜ「実用性が低い」のか?(FPの見解)
私たち専門家が実務で「秘密証書遺言」をお勧めすることは、まずありません。
なぜなら、読者の皆さんが遺言書に求めるのは「手軽さ」か「確実性」のどちらか(あるいは両方)のはずだからです。
- 「手軽さ」を求めるなら、費用ゼロの自筆証書遺言で十分。
- 「確実性」を求めるなら、無効リスクがなく検認も不要な公正証書遺言を選ぶべき。
秘密証書遺言は、「費用を払って公証役場に行く」という公正証書並みの手間をかけておきながら、肝心の内容(法的な書き方)は公証人がチェックしてくれません。
つまり、「公正証書の手間」と「自筆証書の無効リスク」の、”悪いとこ取り”になってしまう可能性が高いのです。
ですから、皆さんが現実的に比較検討すべきは、
「手軽だけどリスクもある自筆証書遺言」
と
「費用はかかるけど確実な公正証書遺言」
この2択となります。
次の章から、この2つの「強み」と「弱点(落とし穴)」を、もっと詳しく解剖していきましょう。
徹底解剖①:一番手軽な「自筆証書遺言」のメリットと致命的な落とし穴
まずは、多くの方が「遺言書」と聞いてイメージする、ご自身で紙に書き記す「自筆証書遺言」から見ていきましょう。
メリット:費用ゼロ、今すぐ書ける、内容を秘密にできる
自筆証書遺言の最大の魅力は、なんといってもその手軽さです。
- 費用が原則0円
紙とペン、印鑑さえあれば(極端な話、チラシの裏でも法律上の要件を満たせばOKです)、お金を一切かけずに作成できます。 - 思い立ったらすぐ書ける
誰かに依頼したり、予約を取ったりする必要はありません。「今、書いておこう」と思ったその瞬間に、自宅で作成できます。内容を修正したい時も、改めて全文を書き直せばOKです。 - 内容を誰にも知られずに済む
公正証書遺言と違い、作成時に証人(第三者)の立ち会いは不要です。遺言の内容を、亡くなるまで誰にも知られたくない場合に適しています。
「なんだ、簡単じゃないか」と思いますよね。
しかし、この手軽さの裏には、非常に大きな、そして致命的な落とし穴が潜んでいます。
デメリット(落とし穴):
私たちが実務で「自筆証書遺言は、よほど注意しないとお勧めできません」とお伝えするのには、明確な理由があります。
1. 要件不備で「無効」になる恐怖(実例)
自筆証書遺言は、民法で「書き方」が厳格に定められています。一つでも守られていないと、せっかく書いた遺言書が法的に「無効」(=ただの紙切れ)になってしまうのです。
- 全文を、自分で手書きする(※財産目録を除く)
- 日付(年月日)を、明確に手書きする
- 氏名を、自分で手書きする
- 押印する(認印でも可だが、実印が望ましい)
よくある「無効」パターンは以下の通りです。
- NG例1: パソコン(ワープロ)で作成した。
- NG例2: 日付が「令和5年吉日」となっている(年月日が特定できない)。
- NG例3: 夫婦で1通の遺言書に連名で書いた(夫婦共同遺言は禁止)。
- NG例4: 押印を忘れていた。
どんなに素晴らしい内容が書かれていても、形式が間違っていた瞬間に、法的な効力はゼロ。これでは、遺産分割協議に逆戻りです。
2. 紛失・改ざん・隠匿のリアルな危険性
遺言書を自宅のタンスや仏壇、金庫などに保管した場合、どうなるでしょうか。
- 紛失リスク: 本人がどこにしまったか忘れ、死後に誰も見つけられない。
- 改ざん・隠匿リスク: 最初に発見した相続人が、自分に不利な内容(例:「兄に全財産を相続させる」)だったために、破り捨てたり、隠してしまったりする。
これはドラマの話ではなく、現実にも起こり得ます。「見つからなければ、存在しないのと同じ」なのです。
3. 必須の手続き!家庭裁判所の「検認」が想像以上に面倒なワケ
これが最大のデメリットかもしれません。
自筆証書遺言(自宅保管)が見つかった場合、相続人はその遺言書を家庭裁判所に提出して「検認(けんにん)」という手続きを受けなければなりません。
この「検認」、とにかく面倒です。
- 申立て: 戸籍謄本など多くの書類を集め、裁判所に検認の申立てを行います。
- 相続人への通知: 裁判所から、相続人全員に「検認やりますよ」という通知が送られます。
- 裁判所への出頭: 指定された日時に、相続人が(来れなくても手続きは進みますが)裁判所に集まり、遺言書を開封します。
- 時間がかかる: 申立てから検認完了まで、1〜2ヶ月かかるケースも珍しくありません。
この検認手続きが終わらないと、銀行預金の解約も、不動産の名義変更も一切できません。
つまり、家族は「故人の最後の想い」を実現する前に、まず面倒な裁判所手続きというハードルを越えなければならないのです。
(注意)検認は、あくまで「こんな遺言書がありましたね」と形式を確認する手続きで、遺言書の内容が「有効」か「無効」かを判断するものではありません。
【最新情報】法務局の「保管制度」は万能?メリットと限界点
こうした自筆証書遺言の多くのデメリット(特に「検認」と「紛失・改ざん」)をカバーするために、2020年から始まったのが「法務局における自筆証書遺言書保管制度」です。
これは、「自分で書いた遺言書を、法務局(国の機関)が預かってくれる」制度です。
- 「検認」が不要になる!
これが最大のメリットです。家族の面倒な手続き(検認)を完全にスキップできます。 - 紛失・改ざんリスクがゼロになる
原本は法務局に保管されるため、誰かに隠されたり、書き換えられたりする心配がありません。 - 形式不備をチェックしてくれる
申請時に、法務局の担当者が「日付が抜けていませんか?」「押印はありますか?」といった形式面(外形)の不備をチェックしてくれます。これにより「うっかりミスでの無効」を防ぎやすくなります。
「なんだ、じゃあ自筆証書遺言も保管制度を使えば完璧じゃないか!」
そう思われるかもしれませんが、注意点(限界点)もあります。
- 費用がかかる: 申請時に手数料3,900円が必要です。
- 「内容」の有効性までは保証しない: あくまで形式チェックです。例えば、「財産の書き方が曖昧で、どの不動産のことか特定できない」とか「遺留分を侵害している」といった、中身(内容)に関する法的なアドバイスはしてくれません。
- 相続人全員に通知がいく: 死亡後、相続人の誰か一人が遺言書の閲覧や証明書の交付を受けると、法務局から他の相続人全員に対し「遺言書が保管されていますよ」という通知が自動的に送られます。内容を完全に秘密にし通すことはできません。
結論として、自筆証書遺言は「保管制度」の利用がほぼ必須と言えます。
しかし、それでも「内容の法的な有効性」までは担保されないという課題が残るのです。
では、その「内容の確実性」まで完璧に担保できる、もう一つの選択肢とは何でしょうか。
それが「公正証書遺言」です。
徹底解剖②:最も確実な「公正証書遺言」のメリットと費用感
前の章で見た「自筆証書遺言(+保管制度)」では、どうしても「内容の法的な有効性」までは保証されない、という課題が残りました。
これは、公証役場(こうしょうやくば)という国の機関に出向き、法律のプロである「公証人」に作成してもらう遺言書です。
メリット:
公正証書遺言のメリットは、自筆証書遺言のデメリット(落とし穴)をすべて完璧にカバーしている点にあります。
1. 公証人が作成=「無効」になる心配がほぼゼロ
これが最大の強みです。
自筆証書のように「日付が抜けていた」「押印がなかった」といった形式ミスで無効になることはありません。
それどころか、公証人は「内容」までチェックします。「この財産の書き方では特定できない」「この内容は後で揉める可能性がある」といった点まで踏み込んで確認・助言してくれるため、内容面でも法的に有効な遺言書がほぼ100%完成します。
2. 原本は公証役場で保管=紛失・改ざんの心配なし
作成された遺言書の「原本」は、公証役場で厳重に保管されます(通常、遺言者が120歳になるまで)。
自宅保管による紛失、盗難、家族による改ざんや隠匿のリスクは完全にゼロです。
手元には「正本(せいほん)」または「謄本(とうほん)」という写しが渡されるため、内容はいつでも確認できます。
3. 面倒な「検認」が不要!相続手続きが圧倒的にスムーズ
これも非常に大きなメリットです。
相続が開始したら、相続人は公証役場で保管されていた遺言書の写し(正本または謄本)を使って、すぐに銀行預金の解約や不動産の名義変更手続きに進めます。
自筆証書遺言のように、家族が1〜2ヶ月も待たされたり、面倒な裁判所手続きに振り回されたりすることがないのです。
デメリット:
もちろん、これだけ手厚い方式ですから、デメリット(ハードル)もあります。
1. 作成に費用がかかる
自筆証書遺言(0円)とは違い、公証役場に支払う「公証人手数料」が必ず発生します。
この手数料は、法律で定められており、相続させる財産の価額に応じて変動します。(詳しくは次の章で解説します)
2. 証人2名が必要(家族以外)
公正証書遺言を作成する際、その場に「証人(しょうにん)」2名の立ち会いが必要です。
これは、「遺言者が本人の意思で、正常な判断能力のもと遺言書を作成したこと」を証明してもらうためです。
そして、この証人には利害関係者(相続人になる予定の配偶者や子供、親など)はなれません。
「誰に頼めばいいの?」と困る方が多いですが、信頼できる友人・知人か、守秘義務のある専門家(行政書士や司法書士、信託銀行の担当者など)に依頼するのが一般的です。(※公証役場で紹介してもらえる場合もありますが、別途費用がかかります)
費用は「安心料」。専門家(行政書士など)に依頼する場合の相場は?
では、具体的にどれくらいの費用を見込んでおけばよいのでしょうか。
1. 公証役場に支払う「基本手数料」
これは、法律で定められた手数料で、主に「相続させる財産の価額」によって階段式に決まります。
【公証人手数料の目安】(※財産を渡す人ごと(受遺者ごと)に計算します)
| 目的の価額 | 手数料 |
| 100万円以下 | 5,000円 |
| 100万円を超え 200万円以下 | 7,000円 |
| 200万円を超え 500万円以下 | 11,000円 |
| 500万円を超え 1,000万円以下 | 17,000円 |
| 1,000万円を超え 3,000万円以下 | 23,000円 |
| 3,000万円を超え 5,000万円以下 | 29,000円 |
| 5,000万円を超え 1億円以下 | 43,000円 |
例えば、「妻に3,000万円、長男に1,000万円」を相続させる内容だと、妻の分(23,000円)+長男の分(17,000円)=合計40,000円 となります。
これに、全体の財産額が1億円以下の場合は11,000円が加算される(遺言加算)など、いくつかのルールがありますが、一般的には総額で5万円〜10万円程度になるケースが多いです。
(※病気などで公証人に出張してもらう場合は、別途日当や交通費がかかります)
2. 専門家への「サポート報酬」
上記の公証人手数料とは別に、作成のサポート(財産調査、文案作成、公証人との調整、証人としての立ち会いなど)を、私たちのようなFPや行政書士、司法書士、弁護士、信託銀行などに依頼する場合は、その報酬が発生します。
これは依頼先によって様々ですが、一般的に10万円〜20万円程度が相場となっています。
合計すると、公正証書遺言の作成には15万円〜30万円程度の費用がかかることもあります。
この金額を「高い」と感じるか、それとも「将来、家族が数百万円、数千万円の財産で揉めたり、裁判費用をかけたりするリスクを考えれば、確実な安心を買うための『保険料』として安い」と感じるか。
これが、自筆証書と公正証書を選ぶ際の、最大の分かれ道と言えるでしょう。
【最重要】あなたはどっちを選ぶべき?財産・家族構成別の選択基準
ここまで「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」のメリット・デメリットを詳しく見てきました。
「それぞれの違いはわかったけど、結局、ウチの場合はどっちがいいの?」
これが皆さんの正直な疑問だと思います。
相続の専門家として、数多くのご家庭のケースを見てきたFP(ファイナンシャルプランナー)の視点から、「あなたのご家庭」にどちらが適しているか、具体的な選択基準(パターン)を示します。
パターン1:「自筆証書遺言(+保管制度)」で十分かもしれないケース
まず、費用を抑えたい、手軽さを重視したいという方で、以下の条件をすべて満たす場合は、「自筆証書遺言(+法務局の保管制度)」を選択肢に入れても良いでしょう。
- 財産構成が非常にシンプル
(例:預貯金がA銀行に〇〇円、B銀行に〇〇円、あとは今住んでいる自宅だけ、など。株式や投資信託、あちこちに点在する不動産などがない) - 相続人の関係が極めて良好
(例:相続人が配偶者だけ、あるいは子供一人だけ。または、子供たちが普段から非常に仲が良く、お互いを尊重し合っていると確信が持てる) - 財産の分け方がシンプル
(例:「全財産を妻に相続させる」「預貯金はすべて長男に」など、誰が見ても解釈に迷わない内容である) - 遺留分(いりゅうぶん)の問題がない
(※遺留分=特定の相続人に法律で最低限保障された取り分。これを無視した遺言書は、後で揉める原因になります。詳しくは次の章で解説します)
【注意!】
上記の条件を満たす場合でも、必ず「法務局の保管制度」を利用してください。
自宅保管にしてしまうと、「検認」の手間で家族に負担をかけることになり、本末転倒だからです。
パターン2:「公正証書遺言」をFPが”強く”推奨するケース
次に挙げるケースに一つでも当てはまる場合は、目先の費用(数万円〜十数万円)を惜しむべきではありません。
将来、家族が裁判などで争うことになれば、その費用(弁護士費用など)は数十万円〜数百万円とかかり、費用面でも精神面でも、比較にならないほどの大きな負担となるからです。
私たち専門家が「公正証書遺言」を強く、強く推奨するのは、以下のようなご家庭です。
- 相続人同士の仲が良くない、または疎遠である
(「ウチの子に限って…」と思っていても、お金が絡むと関係が変わることは本当によくあります) - 相続人の中に、判断能力に不安がある人がいる
(例:認知症の配偶者がいる場合など。遺産分割協議自体が難しくなるため、遺言書が必須です) - 財産の種類が多い、または複雑である
(例:不動産が複数ある、非上場の自社株がある、株式や投資信託を多く保有している、など) - 特定の相続人に多く(または少なく)財産を渡したい
(例:「介護を頑張ってくれた長女に多く残したい」「事業を継ぐ長男に株式を集中させたい」など、法定相続分と異なる分け方をしたい場合) - 相続人以外の人に財産を遺したい(遺贈)
(例:内縁の妻、息子の嫁(お世話になったから)、孫、お世話になった知人、NPO法人に寄付したい、など) - 前妻(夫)との間に子供がいる
(相続関係が複雑になるため、必須です)
判断基準:「もめる可能性が1%でもある」なら公正証書を選ぶべき理由
もし、あなたが「うーん、ウチはどっちだろう…」と少しでも迷ったなら。
その判断基準はシンプルです。
「将来、家族がもめる可能性が1%でもあるか?」
もし答えが「Yes」なら、迷わず「公正証書遺言」を選んでください。
「自筆証書遺言(保管制度利用)」と「公正証書遺言」の最大の違いは、前の章で述べたとおり、「内容の法的な有効性」まで専門家(公証人)がチェックしてくれるかどうか、です。
自筆証書遺言では、「この財産の書き方では特定できない」「この分け方は遺留分を侵害していて、将来必ず争いになる」といった”内容の不備(=争いのタネ)”を見逃してしまう可能性があります。
遺言書の目的は、「書くこと」自体ではありません。
「あなたの死後、あなたの想いを確実に実現し、家族を争いから守ること」です。
その最大の目的を達成できる確率が最も高いのが、公正証書遺言なのです。
作成にかかる費用は、その「確実な安心」を手に入れるための「保険料」だと、私たちは考えています。
効力はいつから?遺言書作成で知っておくべき「共通ルール」
遺言書の種類(自筆証書か公正証書か)を選んだら、次に知っておくべきは「遺言書」という仕組みそのものの共通ルールです。
特に「効力(こうりょく)」に関する知識は、間違って覚えていると大変なことになります。3つの重要ルールを押さえましょう。
1. 遺言書の効力が発生するのは「死亡した時」から
「遺言書を書いたら、すぐにその内容が実行されてしまうの?」と心配される方がいますが、そんなことはありません。
遺言書に書かれた内容(例:「妻に自宅を相続させる」)が法的な効力を発生させるのは、遺言書を書いた人が「死亡した時」です。
あなたが生きている間は、遺言書に何を書こうと、あなたの財産はあなたのものです。自由に売却もできますし、使っても構いません。
(※ただし、遺言書に「A銀行の預金を長男に相続させる」と書いたのに、生前にその預金を全額解約して使ってしまった場合、その部分は(渡すべき財産がないので)効力を失います。)
2. 何度でも書き直しOK!一番新しい日付のものが有効
「一度書いたら、もう変えられないの?」という心配も不要です。
あなたの気持ちや財産状況は、時間とともに変わっていくのが当たり前です。
遺言書は、いつでも、何度でも、全文を書き直すことができます。
もし内容が異なる遺言書が複数見つかった場合(例:5年前に書いたものと、1ヶ月前に書いたもの)、法律上、最も日付が新しい遺言書が有効となります。
古い日付の遺言書は、新しい遺言書と内容が矛盾(抵触)する範囲で、自動的に無効(撤回された)とみなされます。
だからこそ、自筆証書遺言で「日付」の記載が絶対に必要なのです。
元気なうちに公正証書遺言を作っておき、状況が変わったら再度作り直す、という方も多くいらっしゃいます。
3. 「遺留分」には要注意!遺言書でも侵害できない最低限の取り分
これが、遺言書作成における最大の注意点かもしれません。
「自分の財産なんだから、全財産を愛人に渡す!と書いても自由でしょ?」
答えは「半分Yesで、半分No」です。
遺言書はあなたの想いを反映するものですが、法律は「残された家族の生活保障」も考慮しています。
そのために設けられているのが「遺留分(いりゅうぶん)」という制度です。
- 遺留分とは?
兄弟姉妹以外の相続人(=配偶者、子供、親)に、法律で最低限保障されている「遺産の取り分」のことです。 - なぜ重要?
例えば、あなたが「全財産を長男に相続させる」という遺言書を残したとします。
この遺言書自体は「有効」です。
しかし、この内容によって遺留分を侵害された他の相続人(例:次男や妻)は、財産を多くもらった長男に対して、「私の最低限の取り分(遺留分)を、お金で返してください」と請求する権利(遺留分侵害額請求)があります。
これが、せっかく遺言書を書いたのに、死後に家族が「お金で揉める」最大の原因です。
- 相続人が親だけの場合: 法定相続分の 1/3
- その他の場合(配偶者のみ、配偶者と子、子のみ など): 法定相続分の 1/2
遺言書を作成する際は、この「遺留分」に配慮した内容にすることが、将来の「争族」を防ぐために何よりも重要です。
この複雑な計算や配慮を間違いなく行えるのが、公証人や私たち専門家が関与する「公正証書遺言」の強みでもあります。
【FP独自コラム】遺言書と「生命保険」を組み合わせる最強の相続準備
さて、ここまで「遺言書」の種類と効力について詳しく解説してきました。
遺言書が「争族」防止に非常に有効であることは、ご理解いただけたと思います。
しかし、前の章で触れた「遺留分」というルールがある限り、遺言書だけでは「特定の誰かに、他の人より多く財産を残したい」という想いを、揉め事なく実現するのが難しいケースがあります。
ここで、私たち「保険代理店に所属する相続FP」ならではの、もう一つの強力なツールをご紹介します。
それが「生命保険」です。
遺言書の弱点を「生命保険」で補う。
この2つを組み合わせることで、相続準備はまさに「最強」になります。
遺言書の弱点(遺留分)を補う「保険金(受取人固有の財産)」の強み
なぜ、生命保険が遺言書の弱点を補えるのでしょうか?
これは非常に重要なポイントです。
- 遺言書で渡す財産(預金・不動産など):相続財産(遺産)の一部。
→ 遺産分割の対象になる。
→ 遺留分の計算対象になる。 - 生命保険金(死亡保険金):受取人(例:妻)が受け取る「固有の権利」。(※民法上)
→ 相続財産(遺産)ではない。
→ 原則として遺産分割の対象にならない。
→ 原則として遺留分の計算対象にもならない。(※ただし、著しく不公平な場合は例外あり)
つまり、遺言書で「長女に財産を多く」と書くと、他の兄弟から遺留分を請求される可能性がありますが、生命保険で「長女を受取人」に指定して保険金を渡せば、それは長女”固有”の財産となり、原則として遺留分を気にする必要がないのです。
「争族」を避け、「納税資金」も準備できる生命保険の活用術
この「受取人固有の財産」という特性を活かすと、こんな相続対策が可能になります。
財産は「自宅(3,000万円)」と「預金(1,000万円)」。相続人は長男と長女。
親(あなた)の想い:「長年、介護で世話になった長女に、長男より多く(できれば1,000万円)残したい」
- ダメな対策(遺言書だけ):遺言書に「自宅は長男に、預金1,000万円は長女に」と書く。
→ これでは長男(遺留分1,000万円 ※全財産4,000万円の1/4)の遺留分を侵害してしまう可能性があり、揉めるタネになります。 - 最強の対策(遺言書+生命保険):
① 遺言書(公正証書)作成:
「自宅と預金1,000万円は、長男と長女で1/2ずつ公平に相続させる」と書く。(※これで遺留分問題はクリア)
② 生命保険 加入:
「死亡保険金1,000万円、受取人:長女」で加入する。
あなたの死後、
- 長男は、遺言書に基づき「自宅の1/2」と「預金500万円」を相続。(不満なし)
- 長女は、遺言書に基づき「自宅の1/2」と「預金500万円」を相続。
- さらに、長女は「受取人固有の財産」として保険金1,000万円を受け取る。
これで、長女は合計1,500万円+不動産1/2となり、あなたの「長女に多く残したい」という想いは、誰からも文句を言われずに(争族を避けながら)実現できました。
さらに、保険金には「相続税の非課税枠(500万円×法定相続人数)」という税制優遇があり、さらに「すぐに現金化できる」という強みもあります。
相続税の納税資金や、当面の生活費、葬儀費用に充てられる「すぐ使える現金」を準備する上でも、生命保険は最強のツールなのです。
まずは「誰に」「何を」渡したいか、そこからスタートです
遺言書も、生命保険も、どちらが優れているという話ではありません。
どちらも、あなたの「想い」を形にするための大切な道具です。
大切なのは、「あなたは、誰に、どんな想いを、いくら残したいのか」を明確にすること。
私たちは、その想いを実現するために、遺言書が良いのか、保険が良いのか、あるいは両方をどう組み合わせるのがベストなのか、ご家族の状況に合わせてトータルでご提案する専門家です。
遺言書に関するよくある質問(FAQ)
最後に、遺言書を作成する際によくいただくご質問にお答えします。
- Q1. 遺言書は認知症になってからでも書けますか?
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遺言書を作成するには、法律で「意思能力(いしのうりょく)」、つまり自分が何をしているか、その結果どうなるかを理解できる判断能力が必須です。
認知症と診断されたからといって即座に書けなくなるわけではありませんが、症状が進行し、この意思能力がないと判断された時点で作られた遺言書は、後で「無効」とされる可能性が非常に高くなります。
公正証書遺言の場合、公証人が意思能力の有無を面談で確認するため、軽度であれば作成できる場合もありますが、基本的には「元気で、判断能力がはっきりしているうち」に準備することが鉄則です。 - Q2. 夫婦で一緒に1通の遺言書(夫婦共同遺言)は作れますか?
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いいえ、作れません。民法では、2人以上の人が1通の書面で遺言をすることを禁止しています(共同遺言の禁止)。これは、夫婦の一方が後で「内容を変えたい」と思ったときに、もう一方の意思に縛られて自由に撤回できなくなるのを防ぐためです。
たとえご夫婦で「せーの」で同じ内容を書いたとしても、その遺言書自体が形式不備で「無効」となってしまいます。遺言書は必ず、ご主人ならご主人、奥様なら奥様、それぞれが1通ずつ個別に作成する必要があります。 - Q3. 遺言書の内容と違う遺産分割はできますか?
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はい、可能です。遺言書がある場合、原則はその内容に従いますが、相続人全員と、遺言書で財産を受け取る予定だった人(受遺者)全員が「遺言書とは違う分け方にしましょう」と合意したのであれば、その合意(遺産分割協議)が優先されます。例えば「長男に全財産」という遺言があっても、長男自身が「いや、弟と半分ずつにしたい」と同意し、他の相続人も含め全員が納得すれば、その内容で分割して構いません。遺言書は絶対的な命令ではないのです。
- Q4. ペットに財産を「相続させる」と書けますか?
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法律上、ペットは「モノ(財産)」として扱われるため、財産を「相続」させることはできません。しかし、「自分が亡くなった後、ペットの世話をしてくれること」を条件に、特定の人(信頼できる友人や親族など)に財産を「遺贈(いぞう)」することは可能です。
これを「負担付遺贈(ふたんつきいぞう)」と呼びます。単にお金を渡すだけでなく、その人が本当にペットの面倒を見てくれるか監督する「遺言執行者」を指定しておくと、より確実性が増すでしょう。 - Q5. 遺言執行者って何ですか?決めておくべき?
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遺言執行者(ゆいごんしっこうしゃ)とは、あなたが亡くなった後、あなたに代わって「遺言書の内容を実現するための一切の手続き(預金解約、名義変更など)」を行う権限を持つ人のことです。
遺言書で指定しておくことができます。特に、相続人以外の人に財産を遺贈する場合や、相続人の仲が悪い場合、相続手続きが複雑な場合などは、決めておくことを強くお勧めします。
相続人の誰か一人を指名することも、専門家(弁護士や司法書士など)を指名することも可能で、手続きが格段にスムーズになります。
まとめ:自分に合った遺言書で、家族への「安心」という贈り物を
相続準備の「基礎の基礎」である遺言書について、種類や効力、選び方まで徹底的に解説してきました。
最後に、あなたが今日覚えておくべき最も重要なポイントを5つにまとめます。
遺言書は、財産の多い少ないに関わらず、残された家族が「遺産分割協議」で揉めるのを防ぐために必要です。特に「ウチは大丈夫」と思っているご家庭ほど、想いを形にしておくことが大切です。「最後のラブレター」として、家族への思いやりを遺しましょう。
遺言書には主に3種類ありますが、実用的なのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2つです。手軽さと費用ゼロが魅力の「自筆」、確実性と死後の手続きのスムーズさが魅力の「公正」です。それぞれのメリット・デメリットを理解することが第一歩です。
自筆証書遺言は、「無効」になるリスクや、死後の「検認」手続きが家族の大きな負担になります。このデメリットをカバーするため、2020年から始まった「法務局の保管制度(検認不要になる)」の利用は、今や必須条件と言えるでしょう。
相続人同士が疎遠、財産が複雑、特定の相続人に多く渡したいなど、少しでも揉める火種があるなら、迷わず「公正証書遺言」を選んでください。作成費用はかかりますが、法律のプロ(公証人)が内容までチェックしてくれる「確実な安心」を買う保険料だと考えましょう。
遺言書でも侵害できない「遺留分」が、争族の火種になることがあります。しかし、死亡保険金は「受取人固有の財産」として、原則遺留分の対象外となります。遺言書と生命保険を賢く組み合わせることで、特定の誰かへの想いを、揉め事なく確実に実現できます。